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東京地方裁判所 昭和52年(タ)33号 判決

原告 山川直也

被告 山川美知子

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  原告と被告とを離婚する。

2  原・被告間の長男、博也(昭和四一年四月一七日生)、長女祥子(昭和四六年五月一八日生)の各親権者を原告と定める。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原、被告は、昭和四〇年五月一一日挙式のうえ、同二八日婚姻の届出を了した夫婦であつて、二人の間には、昭和四一年四月一七日長男博也が、同四六年五月一八日長女祥子が各出生した。

2  被告は、高校卒業直前の昭和三四年一月頃身のまわりの整理が悪くなり、睡眠障害、嫌人傾向があらわれ、寝衣のまま外出するなどの異常行動がみられたが、同三六年夏には、不安・集中困難のため当時在学中の大学に登校しなくなり、東京○○○病院において精神分裂病と診断され昭和三七年一月から右病院に入院し治療を受けた結果、同年一一月には軽快し退院した。

3  原、被告の婚姻生活が円満であつたのは当初の約半年間にすぎず、被告は、昭和四六年一一月頃から異常な行動が目立つようになつたため、○○神経科医院で診察を受けたところ、精神分裂病であることが判明した。そこで、被告は、右病院に通院を始め、翌四七年三月からは東京○○○病院に通院し、同年八月から翌四八年一一月まで同病院に入院した。その間、被告は、「関係妄想」「幻聴」「人格小児化」「被暗示性昂進」「思路の弛緩」「自発性の減退」の症状を呈していたが、右退院後も精神分裂病の積極的病状消退後にみられる「欠陥病像」を呈していたところ、昭和五〇年一二月に至り再び東京○○○病院に入院し、現在に至つている。

4  被告の右精神病は、精神分裂病破瓜型であつて、高等感情鈍麻を中心として感情障害、思路弛緩、思考障害、自発性減退等の諸症状を伴ない、右病状の程度は、ほぼ中等度あるいはそれ以上の重症であつて、現在の病状は、前記のとおりの入院、加療にもかかわらず本質的改善をみず、ほぼ固定化しており、今後とも本質的改善を期待することはできない。

5  以上のとおり、被告は強度の精神病にかかり回復の見込がないので、原告は民法七七〇条一項四号に基づき離婚を求める。なお、原、被告間の長男博也及び祥子の各親権者は、原告と定めるのが相当である。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の事実のうち、被告が昭和三六年夏頃東京○○○病院において精神分裂病と診断され、同三七年一月右病院に入院し治療を受けた結果、同年一一月軽快し退院したことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  請求原因3の事実のうち、被告が昭和四六年一一月頃○○神経医院において精神分裂病であると診断され、同病院に通院し、昭和四七年八月から翌年一一月まで東京○○○病院に入院し、同五〇年一二月再び同病院に入院し現在に至つていることは認めるが、その余の事実は否認する。

4  請求原因4の事実のうち、被告が精神分裂病であることは認めるが、その余の事実は否認する。被告は現在、急性な症状が現われることもなく、症状は軽快ないし固定化して退院も可能な状態にあり、周囲の人的関係の改善、特に原告の理解、愛情があれば家庭生活を営み得るのである。

5  請求原因5は争う。

三  被告の主張

1  被告の精神分裂病は、民法七七〇条一項四号にいう「強度の精神病にかかり、回復の見込がないとき」に該当しない。

(一) 被告は、現在東京○○○病院に入院中であるが、これは原・被告が本件離婚訴訟で争つている関係上の被告の実家も原告も共に被告を引き取らないため止むを得ず入院しているものであつて、数年前から医師より通院治療に切り替えるように勧められている。現在被告には、病勢が進んだ精神分裂病に特有な減裂思考や感情荒廃といつた症状は全くみられず、また幻覚、幻聴なども認められないのであるから強度の精神病とはいえない。

(二) 被告は、昭和三七年に入院加療ののち同三八年四月に○○大学に復学し、その後の学生生活や卒業後の実家の生活及び原告との婚姻当初一年間における幸福であつた生活など健康人との差異はみられず、昭和四〇年五月の婚姻当時、被告の精神分裂病は治癒していた。そして婚姻後の発病と病状の経過をみれば、被告の精神分裂病は、十分回復の見込があり、二人の子供が成長して手がかからなくなつた現在、夫たる原告の理解と協力を得れば右回復の可能性は強いといえる。

2  本件において、被告の精神分裂病の再発並びにその後の病勢に原告の被告に対する虐待が関与していること、及び被告の今後の生活につき具体的方策が講じられていないことなどからすれば、原告の本訴離婚の請求は許されるべきでない。

(一) 原告は、長男出生後、育児に神経と肉体を使つて疲れている被告に対し、深夜帰宅しては、出迎えの仕方が悪いとか、室内の整理ができていないなどと言つて、被告を叱責し、暴力を振つた。原告の暴力は、昭和四六年五月長女出生後一段と激しさを加え、毎日のように被告を殴りつけ、さらには被告に対し家計のやりくりが拙いなどと非難した。かように、育児による心身の疲労のうえに、原告から加えられる暴力行為、家計の困難、これに対する原告の悪意ある仕打ち等のため被告は昭和四六年一一月頃について発病するに至つた。その後被告は、事家で静養した結果、同四七年一、二月頃には軽快しやがて原告方に戻つたが、原告は、被告が向精神剤服用のため原告の帰宅時に眠つていることを不満とし毎晩のように被告を殴打し、この頃から離婚を迫るようになつたため、被告は、病状が悪化し、昭和四七年八月三〇日から翌年一一月三日まで東京○○○病院で入院、加療を受け、退院後被告の実家に身を寄せたが、その間原告からの離婚を恐れて終始戦々恐々たる精神状態が続いた。その後被告は、原告の求めに応じ、昭和五〇年二月いつたん原告方に戻つたものの再び原告の虐待が始まり、同年一二月二一日原告により東京○○○病院に入院せよと追い出され、以来同病院に入院している。

以上のとおり被告の精神分裂病の再発及びその後の病勢に原告の被告に対する虐待が関与していることは明らかなうえに、原告が被告の治療、看護を何ら試みることなく、性急に被告との離婚のみを求める原告の本訴請求は許されるべきでない。

(二) 原告は、○○○○○○○株式会社取締役総務部長の職にあり、○○区に土地、家屋を所有し、また、原告の実家は、長野県○○市の素封家であり、同市に屋敷及び畑、山林を所有している。しかるに、他方、被告の両親は既に老齢であつて、年金で生活を維持している有様であり、資産としても借地上の古い家屋を所有するにすぎない。また被告の弟も一介のサラリーマンにすぎず、被告の生活を末長く維持する余裕がない。

したがつて、被告の今後の生活につき具体的方策が講じられないまま離婚ということになれば、被告が路頭に迷う事態も起こりうるのであるから、原告の本訴離婚の請求は、この点からも許されるべきでない。

四  被告の主張に対する原告の反論

被告の実父、母、弟は、婚姻前における被告の病気、病歴を知悉していたにもかかわらず、原、被告の婚姻に際し、原告にその病歴を全く知らせなかつたのであるから、本件婚姻、離婚を通じての被告の実家である神山家の責任は大である。今後原告は、未成年の子二人を養育するうえに、実母山川さくをも扶養しなければならないので、被告の保護、加療を将来とも継続することになると平凡なサラりーマンである原告にとつて苦痛の限界を超えることになる。他方被告の実父は、○○区○○○○に借地(二九九平方メートル、借地権価格金五三八一万円)を有するとともに、右地上に木造二階建居宅を所有している。加えて、被告の弟も健在であるから、被告の実父母、弟の資産収入、更には社会保障的援助をもつてすれば、被告の現在及び将来の治療費を十分賄うことが可能である。

第三証拠関係

一  原告

1  甲第一号証ないし同第一〇号証、同第一一号証の一ないし五、同第一二号証、同第一三号証の一及び二、同第一四号証を提出した。

2  原告本人尋問の結果及び鑑定人○○○○○の鑑定の結果を援用した。

3  乙第一号証の成立は不知、その余の乙号各証の成立はすべて認める。

二  被告

1  乙第一号証ないし同第四号証を提出した。

2  証人神山真一の証言、被告本人尋問の結果を援用した。

3  甲第五号証、同第一〇号証、同第一一号証の一ないし五の成立は不知、その余の甲号各証の成立はすべて認める。

理由

一  いずれもその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものであるから真正に成立したものと認められる甲第一号証、同第四号証、同第八号証、乙第二ないし同第四号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第五号証、同第一〇号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二号証、同第三号証、同第六号証、同第七号証、同第一三号証の一及び二、同第一四号証、乙第一号証、証人神山真一の証言、原、被告各本人尋問の結果(いずれも後記各採用しない部分を除く。)、鑑定人○○○○○の鑑定の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  原告(昭和一一年一月一一日生)と被告(昭和一五年一〇月二九日生)は、昭和四〇年二月頃見合いをし、三か月位交際した後、同年五月一一日挙式のうえ、同月二八日婚姻の届出を了した夫婦であつて、二人の間には、同四一年四月一七日長男博也が、同四六年五月一八日長女祥子が各出生した。

2  被告は、昭和三四年一月頃、身のまわりの整理が悪くなり、眠睡障害、嫌人傾向があらわれたが、程なく平常に戻つていたところ同三六年夏頃不安、集中困難に陥り東京○○○病院で診察を受けた結果、精神分裂病と診断された。そこで被告は、右病院に通院を始め、やがてその病状は一時好転したものの、被告は、昭和三七年一月頃寝衣のまま外を徘徊するようになつたため同病院に入院し治療を受けた結果軽快し、同年一一月五日退院したのち、被告は、○○大学に復学して昭和三九年同大学を卒業し、翌年前述のとおり原告と婚姻した。

3  原、被告間の夫婦関係は、右婚姻後一年間位は円満であつたが、やがて本来几帳面な性格の原告は、居室内の掃除が行き届かず、被告が身だしなみにも無頓着でいること等に不満を抱き、当時妊娠中の被告に対し厳しく注意し、昭和四一年四月長男出生後もその直後の短期間、原告自身が家事、育児に協力した時期を除き、被告に対し整理整頓、掃除、食器洗い、生鮮食品の管理等、こまごまとした事柄に至るまで逐一厳しく注意を与え、被告の家事が、原告の希望に添うように行われないと、時として被告に対し暴力を振うこともあり、このため、被告が、実家の父に電話をして救いを求めることも月に一度の割であつた。

更に、原告は、昭和四六年五月長女出生後も、二児をかかえて育児と家事に心身共に疲労していた被告に対し、無駄を省くため家計簿をつけるように指示するなど被告にとつて日常生活上の負担となるような事を次々と命令し、その精神的な緊張状態を継続かつ増大させた。

4  原告は、昭和四六年一一月二一日夜被告が突然「飛行機が飛んでいてうるさい。」「パトカーが来た。戦争が始まる。」等と言い出したため、被告の言動に不審を抱き、被告の父と相談のうえ、被告を○○精神科医院に連れて行き診察を受けさせたところ、精神分裂病であると診断されたため、被告は、二人の子らと共に実家に身を寄せ、同所から右病院に通院することとなつた。

5  被告の父は、昭和四七年二、三月頃○○医師から被告が原告の許に戻るにつき許しがあり、同女もそれを希望したので、原告に対し被告を引き取り同居するよう頼んだが、原告は、時期尚早であるとして拒否し、同年四月自から被告の様子を観察し確認するための試験的同居であると称して、被告と子供らを引き取つたものの、同年六月一日、被告が改善していないとして被告と二人の子供を被告の実家に送り帰した。

6  原告は、昭和四七年六月三日被告が婚姻前に精神分裂病に罹患したことがあつたことを知り、衝撃を受けるとともに被告側に対する不信感を強めるとともに被告との離婚を考えるようになり、被告を呼び出して離婚の話をしたりしたため、再び被告の病状が顕在化し、被告は昭和四七年八月三〇日東京○○○病院に再度入院した。その病状は、人格が単純かつ小児的となり、思路の弛緩、自発性の減退がみられるというものであり、離婚の現実化をひどく恐れるようになつたが、人院加療の結果、被告の病状は一応好転し、不十分ながら家庭生活が可能となり翌四八年一一月三日退院し、被告の実家に引き取られた。

7  原告は、被告が退院するや昭和四九年二月東京家庭裁判所に夫婦関係調整の調停を申し立てたが、同年一一月頃右調定は不調に終ると、原告は、被告に対し一週間の標準的な家事実行計画時間割表、週間献立計画表及び月間家計費見積表などをつくらせて準備し、万一同居が失敗した場合には離婚を承知するよう被告を説得したうえ、被告の負担を軽くするため週二日家事手伝いの女性を雇用することにして、昭和四九年二月中旬から原、被告は、子供らと共に同居した。

ところが、昭和五〇年一一月一〇日に原告の父が死亡し、被告も原告と共に葬式や法事のため長野県の原告の実家を再三訪ねるという多忙な日々を余儀なくされ、同年一二月二〇日夕方、被告は炊事中突然台所と隣室の間をただ無意味に出入りし、茶碗のかわりに紅茶茶碗を食膳に出したりするなど不審な行動が見られたため、原告は、被告に対しすぐに病院に行くように命じた。そこで被告は、やむなく実家に電話して父に来てもらい、翌朝東京○○○病院に入院し、以来今日に至つている。

8  ここに至り、原告は被告との離婚を確定的に決意し昭和五一年三月一日東京家庭裁判所に対し離婚の調停を申し立てた。昭和四六年一一月被告の発病以来被告の入院費、生活費は、原、被告が一時同居した時を除き全て被告の実家で負担していたが、右調停で話し合つた結果、被告の入院費は原告が支払うことになり、原告は、昭和五一年一月以降被告の入院費(月約三万円程度)を負担している。しかし、右合意はみたものの、右調停は不調に終つたため、原告は本訴を提起するに至つたが、被告は本訴において原告との婚姻の継続を強く望んでいる。

9  被告は、現在、初発以来約二〇年を経過し、定型的精神分裂病の基本症状である高等感情の鈍麻、思路弛緩、自発性の減退等の症状を有しており、その程度は中等度あるいはそれ以上である。このため被告の人格は単純・小児化し、その社会適応性はかなり低下している。被告の右病状は、今後とも本質的改善の可能性は少なく、持続性のものと予測されているが、被告は、関係者の理解と協力があれば、治療の維持の条件のもとに不完全ながら単純な家庭生活を営む可能性があるものと診断されている。

10  被告の父(明治三六年三月七日生)は、○○○○株式会社(昭和三七年退職)の取締役を歴任した者であるが、既に七六歳の高齢であり、東京都○○区○○○○所在の二九九平方メートルの借地上に木造瓦葺二階建居宅一棟(昭和一六年建築)を所有しているものの、現在は年一二八万円の老齢年金で生活している。また、被告の弟である神山信夫は、○○○○○株式会社○○造船所に勤務する者であり、妻及び子供三名と○○市の社宅に居住している。

他方、原告は、現在○○○○○○○株式会社の取締役であり、月額三七万円(税込み)の給与を得ているほか、○○区○○○○町に一八一、三八平方メートル及び四〇、八六平方メートルの二筆の土地及びその地上に木造瓦葺平家建の居宅一棟を所有しており、更に長野県○○市に父から相続した土地を所有している。しかしながら、原告は、本訴において被告の今後の扶養に関し、将来二人の子供を養育していくので余裕がなく今後被告の面倒をみることは不可能であつて、一切被告の実家でみて貰いたいと述べている。

以上の事実が認められ、前出甲第一〇号証及び乙第一号証の各記載、証人神山真一の証言、原、被告各本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用せず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  そこで、被告の病状が離婚事由である民法七七〇条一項四号に該当するか否かにつき検討するに、右法条にいう「強度の精神病」に当るかどうかは、婚姻の本質である夫婦の相互協力義務を果たしうるか否かによつて決すべきものと解されるところ、前記認定の事実によれば、被告は、現在精神分裂病のため高等感情の鈍麻、思路弛緩、自発性の減退といつた症状を呈するに至つており、右症状の程度は中等度あるいはそれ以上であつて、このため被告の人格は、単純・小児化し、その社会適応性はかなり低下し、今後とも本質的改善の可能性は少ないものといえるので、被告は、現状において、家庭内における主婦としての役割を担うだけの能力を有しないものと認めるのが相当であるから、前記の「強度の精神病」に罹患しているものといわざるをえない。

また、前記認定のとおり、被告の精神分裂病は、発病以来既に約二〇年を経過しており、更に被告は、昭和四六年の再発以来二回に渡たり長期間の入院をくり返し、現在も入院中であり、加えて被告の右病状は、今後とも本質的改善の可能性は少なく、持続性のものと予測されていることからすると、被告の右精神病は、「回復の見込みがない」ものということができる。もつとも、鑑定人○○○○○の鑑定の結果によれば、被告は、関係者の理解と協力があれば、治療の維持の条件のもとに不完全ながら単純な家庭生活を営む可能性があるとされているが、「回復の見込み」とは、精神病の配偶者が夫婦の相互協力義務を果たしうる程度に至るまでの回復の可能性をいうのであるから、不完全ながら単純な家庭生活を営む可能性では不十分であり前述のとおり、被告の精神病は、「回復の見込みがない」ものと認めるのが相当である。以上のとおり、原告の請求は、民法七七〇条一項四号に該当するものである。

三  しかしながら、被告は、本訴は民法七七〇条二項により棄却されるべきである旨を主張するのでこの点につき検討する。

鑑定人○○○○○の鑑定の結果によれば、被告の精神分裂病は、内因性精神障害であることが認められ、証人神山真一の証言、右鑑定の結果及び前記認定事実を総合すると、原告が婚前に被告の病歴につき知らされていなかつた点は同情すべきであるが、これは自然又は治療により消退し、社会的寛解の状態に至り、ある程度社会生活を可能とするまで軽快しており、被告の親らは主治医に婚姻について確かめ、大丈夫である。むしろ幸せな結婚は良いことであるとの回答を得ており、娘の親として右の不告知が著しく信義にもとるとも非難しがたいところ、婚姻後原告は本来家事処理の得意でない被告に対し原告の妻として理想像を求め、被告の非を責めるにのみ急で、夫としての被告をいたわり包摂する寛大さに欠け、育児と家事に疲労している被告に対し徒ずらに厳しく接しすぎたことが、前記病気の再発にかなりな程度関与しているものと認められること、原告は、被告の扶養、治療については昭和五〇年以前はもつぱら被告の実家にまかせきりにし、被告の治療に腐心するというよりは、むしろ性急に被告との離婚を求める態度が認められること、原告は、現在○○○○○○○株式会社の取締役の地位にあつて月収三七万円を得ている他に、○○区○○○○町に土地、家屋を所有し、更に長野県○○市には相続によつて取得した土地を所有しているのであるから、今後二人の子供を養育していくとしても、被告の扶養につき相応の援助をするだけの余裕が十分あるものと認められるのに対し、被告の父は既に七六歳の高齢であることに加え、○○区○○○○の借地上に居宅を所有しているというものの現在は老齢年金で生活を維持していることを考え合わせると将来にわたり長期間被告を扶養するについては、かなりの不安が認められるにもかかわらず、原告は、本訴において被告の扶養につき応分の負担をすることすら拒否している事情のもとにおいては、原告が被告と離婚するとしても、被告の将来につき具体的方途は必ずしも十分講じられていないものといわざるを得ず、叙上諸般の事情を総合勘案すると、原告と被告との婚姻を継続させるのが相当であると認められるから、民法七七〇条二項を適用して、原告の本訴離婚の請求を棄却することにする。

四  よつて、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧山市治 裁判官 古川行男 滝澤雄次)

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